1月9日朝、新庄の寄積(よりつみ)では、公会堂に各家から戸主が集まり、まず射手をつとめる25歳、42歳、61歳の年男を正座にすえてお神酒を祝い、そのあと伊勢音頭(伊勢甚句)をうたいながら八幡神社へ移動し、鳥居の下の村道に設けられた的場で初弓を引く。弓打講とも呼ばれるように、以前は当屋(トーヤバン)で講が営まれた。的場にムシロを敷き、羽織はかま姿の二人の射手の若衆が、板膳に白餅と甘酒(シロザケ)、ツトドーフ、大根とニンジンを豆腐であえた塩気なしのスアイ、ワラビのシラアイ、アズキと小芋のイトコ煮、白豆の神饌を供える。ついで、右手を肩脱ぎにして竹の弓をひきしぼり、二人の射手が二本ずつ的に向かって矢を放つ。この時、大きな声で射手が「ヤリマシトー」(やるぞーという意味)と叫ぶと、的場を取り囲んだ村びとが「オット」と唱和する。射手が交代し矢を交換して、再度二本ずつ初弓を引く。約十メートル先に的があるものの、矢が的中すると「年が悪い」とか「良すぎて悪い」と忌まれることから、射手は矢をわざとはずすことがしきたりとなっている。二人の射手が二本ずつ三回、方々に射放った矢を、還暦をむかえた矢拾い役が六本の矢を探し集め、束ねて「ヤリマシトー」と大声をあげ、一同が「オット」と応えると六本の矢で的につきさす。
(引用・参考文献:わかさ美浜町誌「美浜の文化第一巻 暮らす・生きる」)
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